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京都地方裁判所 昭和47年(わ)45号 判決 1973年6月07日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、亡父A、母B女の長男として京都市に生れ、○○小学校、○○中学校、○○高等学校を経て、昭和四四年四月○○○大学二部経済学部に入学し、以来大学へ通うかたわら、父A(大正六年一月一五日生)が営む家業の写真業の手伝いをしていたのであるが、Aは生来の酒好きのためアルコール中毒気味で、酒を飲むと家業を顧みなくなり、そのため被告人は、日頃から心を痛め、飲酒のことで同人に注意し、同人と口論することも多くなり、このようなことから被告人は、昭和四五年六月頃から単身家を出て他に別居して、従前どおり学業および家業の手伝をするようになつたが、Aの飲酒癖は同人が昭和四六年五月アルコール中毒治療のため入院して後、一時止まつていたもものの、同人は同年八月始めころからしばらくやめていた酒を再び飲み始め家業を怠るようになり、被告人は、弟Cからこのことを聞き及んで、Aに飲酒をやめるよう注意し、また当時納品を迫られていた卒業アルバムのこともあつて、これらの件等で同人と話合うため同月七日午前九時二〇分ころ、別居先から京都市○○区の実家を訪れたところ、Aはすでに飲酒している様子で同家中の四畳半の間で食事中であつたが、同人が被告人の話をまじめに聞こうとせず、却つて被告人を軽くあしらう態度をとり、奥三畳の間に立ち去ろうとしたため、被告人は、同人に対する日頃の不満も加わつてこれに憤激し、同人の後を追つて右奥の間に入り、やにわに右手拳で同人の後方から同人の左側腹部を一回殴打し、なおもそばにあつた枕を同人の後頭部めがけて投げつける暴行を加え、右暴行により同人に左腎臓破裂の傷害を負わせ、よつて同人を、同月九日午前三時二九分、○市○区○○町△△番地D病院において右傷害によつて惹起された後腹壁腹膜の左腎臓をとりまく巨大な血腫による心臓および肺機能不全のため死亡するに至らせたものである。

なお被告人は、右暴行後の昭和四六年八月八日○○府○○○警察署司法警察員警部補Eに対し自首したものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

検察官は、被告人の判示所為が刑法二〇五条二項の尊属傷害致死罪に該当し、同条項を適用すべきであるとするに対し、弁護人は、同条項は法の下の平等を規定した憲法一四条一項に違反し無効であると主張するので、まずこの点について判断する。

思うに憲法一四条一項は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であつて、同項後段列挙の事項は例示的なものであり、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨であると解すべきである(最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号、同裁判所昭和四八年四月四日大法廷判決昭和四八年四月一六日付官報号外第五〇一三頁)

ところで刑法二〇五条二項は、自己または配偶者の直系尊属を身体傷害により死に致らせた者は無期または三年以上の懲役に処する旨を規定しており、被害者と加害者との間における特別な身分関係に基づき、同条一項の定める普通傷害致死の所為と同じ類型の行為に対してその刑を加重した、いわゆる加重的身分犯の規定であつて、このように同条一項のほかに同条二項の規定をおくことは、憲法一四条一項の意味における差別的取扱いにあたるというべきである。したがつて刑法二〇五条二項が憲法一四条一項に違反するかどうかを論ずるに当つては、右のような差別的取扱いが、はたして憲法一四条一項の許容する合理的な根拠に基づくものか否かが検討されなければならない。

そこでさらに考察するに、そもそも刑法二〇五条二項設置の思想的背景には、尊属殺人に関する同法二〇〇条の規定と同様、中国古法制に渕源しわが国の律令制度や徳川幕府の法制にも見られる尊属重殺罰の思想があるものと解せられるのみならず、同条項等の規定が、卑属たる本人のほか、配偶者の尊属に対する罪を包含し、かつ、これらの規定にいう「尊属」につき、判例その他において法律上のものに限定して解釈されている点からみて、わが国において旧憲法時代には特に重視されていたが、日本国憲法により廃止されるに至つた「家」の制度と深い関連を有するものであつて、右刑法二〇五条二項は、他の尊属に対する犯罪についての加重規定と同じく、尊属卑属間における尊卑の身分的秩序を重視する戸主中心の旧家族制度的道徳観念を背景とし、この一種の身分制道徳に基づく家族間の倫理および社会的秩序の維持をはかることを目的として設けられた規定と考えられ、個人の尊厳を尊重することを基本理念とし、国民に対し法の下における平等を保障する憲法一四条一項の精神にもとり、憲法同条項の許容するところでないといわなければならない。

前記昭和四八年四月四日の大法廷判決における、石田、岩田、村上、関根、藤林、岡原、岸、天野の各裁判官の意見(以下多数意見という)は、刑法二〇〇条に関し、尊属の殺害は通常の殺人に比して一般に高度の社会的道義的非難を受けて然るべきであるから、このことを処罰に反映させても、あながち不合理であるとはいえない、という。

もとより多数意見がその論拠として述べているように、親族は、婚姻と血縁とを主たる基盤とし、互いに自然的な敬愛と親密の情によつて結ばれていると同時に、その間おのずから長幼の別や責任の分担に伴う一定の秩序が存し、通常、卑属は父母、租父母等の直系尊属により養育されて成人するのであり、したがつて尊属と卑属との自然的情愛と親密の情によつて結ばれ、子が親を尊敬し尊重することが、子として守るべき基本的道徳であることはいうまでもないところであつて、それが将来わが国において道徳規範として一層維持遵守されることを強く期待するものであるが、このような子の親に対する道徳は、本来法律をもつて強制するに適しないものであるばかりでなく、刑法二〇五条二項の如く、法律でもつてこれを強制することは、ことに同条項が、親子のほか夫婦兄弟姉妹、その他の親族結合のうち、卑属の直系尊属に対する関係のみをとり上げて刑を加重していることに徴し、被害者が直系尊属であることのみの故をもつて、これを重んじて特に刑を加重するものというのほかなく、同条項は、法律をもつて合理的理由のない一種の身分的差別を設けたものであり、前示憲法一四条一項の精神と相容れないものといわなければならない。

さらに付言すれば、前示多数意見のように、一般的に卑属がその尊属を殺害し、或は傷害により死に致すが如きは、高度の社会的道義的非難に値するとの見解をとつても、かつて尊属殺重罰規定を有していた諸外国においても、近時しだいにこれを廃止し、または緩和しつつあり、わが国においても最近発表された「改正刑法草案」では尊属殺重罰の規定が削除されていることや国民思想の変遷、時世の推移等にかんがみ、ことに前記大法廷判決によつて、その理由はともかく、結論においては尊属殺人罪の刑法二〇〇条の規定が違憲無効なものとされたのであり、かつ立法のうえでも同条削除の趨勢にあつて、こと尊属殺人罪に関する限り特別加重の規定が事実上適用されなくなつたと認められる現状においては、刑法二〇五条二項等尊属に対する犯罪につき刑の加重を規定した刑法のその余の各条項が、なお合憲、有効なものとするだけの合理的根拠はないものといわざるをえない。

以上みてきたとおり、尊属傷害致死なる特別の罪を認め、その刑を加重する刑法二〇五条二項の規定を設けること自体が、現憲法下で容認されるような合理的根拠に基づかない不合理な差別的取扱いであつて、同条項は憲法一四条一項に違反して無効であるとしなければならない。

したがつて被告人の本件所為に対し、刑法二〇五条二項の適用は排除される。

判示事実に法律を適用すると、被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するところ、本件は被告人の自首にかかるものであるから同法四二条一項、六八条三号により法律上の減軽をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し情状をみるに、被告人が本件犯行に及ぶに至つた動機事情には同情すべき点が認められ、ことに被害者死亡の原因となつた被告人の暴行行為自体は、その結果との対比においては極めて軽微なものであつて、被告人にとつても全く予想外の不幸な結果となつたこと、被告人は犯行後前示の如く自ら進んで自首するなど本件に対する改悛の情みるべきものがあること、その他被告人は、過去になんらの前科がなく、現在は父の冥福を祈りながら、父が営んでいた写真業をつき、一家の支柱となつて家業に励んでいること等本件諸般事情にかんがみ、同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(家村繁治 鳥越健治 岩本信行)

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